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Report

2nd Global Summit on Diamond Open Access 参加報告

坂本 拓

25/4/11

国立情報学研究所

はじめに

 JPCOARオープンアクセス推進検討タスクフォースの活動の一環として、2024年12月9日から同13日まで、南アフリカ共和国のケープタウンで開催された、ダイヤモンドオープンアクセス(以下、ダイヤモンドOA)に関する国際会議“2nd Global Summit on Diamond Open Access”に参加させていただきました。非常に盛りだくさんの内容だったので、いくつか要点をかいつまんでご報告させていただきます。

会議の位置づけ 

 このダイヤモンドOAの会議は、単なる図書館系の団体が集まった会合ではなく、国連の専門機関であるユネスコが中心的な役割を果たすものでした。ユネスコは2021年の第41回ユネスコ総会にて、「オープンサイエンスに関する勧告」を193か国が共通基準を遵守することに合意する形で採択しています。この「勧告」の担当者の方が当会議でも頻繁に登壇され、「ダイヤモンドOAが、この勧告の実施プロセスの非常に重要な部分である。」と話されており、この会議はユネスコの「勧告」との関連が強いものである印象を受けました。

会場の南アフリカ・ケープタウン大学
会場の南アフリカ・ケープタウン大学

会議のテーマ

 この会議が扱うダイヤモンドOAとは、著者・読者の双方とも費用を負担することなく研究成果をオープンにできる出版モデルのことです。購読料もAPCも発生しない、或る意味理想的なOAです。そしてこの会議のテーマとして、下記が掲げられていました。

「研究を「公共財」として推進するために、学術情報流通において「社会正義」を重視する」 原文 “Centering social justice in scholarly communication to advance research as a public good“  つまり、研究の遂行およびその成果は障壁なく全ての人が享受するべき権利であり、それを推進するために、学術情報流通における社会正義を重視する、ということです。ここでいう社会正義として、具体的に下記の3点が挙げられていました。 ・Inclusivity (包括性) ・Demarginalization(脱・疎外) ・Decolonization(脱・植民地主義)  Inclusivity(包括性)やDemarginalization (脱・疎外)は、欧米の英語論文だけでなく、様々な地域の多様な言語の研究成果物の価値(言語的・書誌的・地域的多様性)を確保しようというものです。Decolonization(脱・植民地主義)は、途上国およびその研究者が、欧米の研究者・出版者の支配的な地位による搾取によって、いつまでも途上国の立場に固定されてしまう構造を打破する、ということでした。  これらの社会正義の実現について、ダイヤモンドOAは非常に大きな役割を担いうるというのが、この会議のメインテーマでした。

ゴールドOAの忌避

 この会議は欧米の人もいましたが、アフリカでの開催ということもあり、アフリカ、ラテンアメリカの参加者の割合が高い印象でした。それもあってか、APCに基づくゴールドOAを拒絶する言及がとても多かったです。「言葉は生き物」と言いますが、ゴールドOAも元々は、「研究成果が発表される時点からオープンアクセスになっていること」を意味する言葉だったのですが、大手出版社が大々的にAPCのビジネスを始めたために、今では多くの人が「ゴールドOA = APCが必要なOA」と定義するようになってしまったように思います。

 話を戻します。先の「包括性」や「脱・疎外」の話とも関連しますが、ラテンアメリカやアフリカでは、いわゆる欧米のジャーナルからは排除されてきた歴史があります。それは主題的・言語的・地域的・経済的理由からです。そのためこれらの地域では、欧米のジャーナルとは異なるルートで自身の成果物を流通させる必要があり、その選択肢として、自身でプラットフォームを構築する等して実質的にダイヤモンドOAを実現していました。ダイヤモンドOAという概念が生まれるよりもずっと前からです。そのため、これらの地域においては、ダイヤモンドOAへの意識が非常に強く、投稿時にAPCを取ってビジネスにしようとする出版社のゴールドOAは、「私たちの目指すオープンアクセスとは全く異なり、到底受け入れ難いものである」との発言が複数ありました。

ダイヤモンドOAのコストと財政基盤

 APCも購読料も取らないダイヤモンドOAは、いったいどこから運営予算を確保しているのか? これは誰しもが抱く疑問です。これに対する事例報告としてラテンアメリカの“RedALyc”というプラットフォームが紹介されていました[1]。これは2003年から続いている、完全に無料のオンラインジャーナルのプラットフォームです。月間100万人を超える利用があり、ユネスコやDOAJとも連携しています。そして肝心の運営予算については、メキシコ州立大学等の教育・研究機関、政府機関からの助成と、協賛機関の援助により賄われているとのことでした。実質的な出版コストは営利出版社の5%以下で運営できているという話が印象的でした。

 また別のセッションでは“KnowledgeE”というドバイの学術情報コンサルタントの担当者が、自前でOAジャーナルを刊行する際のタスクとそのコスト計算について説明していました。Webサイトの立ち上げ、投稿システムの構築、ISSNの取得、DOIの取得、XML化などなど、非常に詳細にジャーナルの刊行に必要なあらゆる作業を列挙し、それぞれのコストとマンパワーを具体的に数値化して計上していました。詳細は当日のスライドが公開されていますので、そちらを参照いただければと思いますが[2]、日本円換算した場合、人件費込みで、おおよそ論文1本に必要なコストは月刊誌掲載論文の場合で約28,000円、季刊誌掲載の場合で約40,000円ぐらいでした。現在の商業出版社のAPCに比べると格段に安価です。このセッションの意見交換の際には、「出版社に高額な購読料やAPCを支払うのをやめ、その予算をダイヤモンドOAのインフラ構築に『転換』すべきだ!」といった声や、「ジャーナル購読料の値上がりで、機関内の財務担当者と話をする際に、ダイヤモンドOAに切り替えると予算が大幅に節約できる、ということを主張するべきだ」と言った声が参加者から上がりました。そしてすでに商業出版社は、ビジネスとしてダイヤモンドOAのプラットフォーム運営も計画しているため、強く警戒する必要があることも、複数の参加者が述べていました。

ダイヤモンドOAの課題 -研究評価-

 ダイヤモンドOAは、誰もが研究成果を発表し、研究成果にアクセスできる基本的人権を保障する素晴らしいものである点は間違いないのですが、現状ではいくつかの課題があると指摘されていました。

 複数の参加者から、現時点ではダイヤモンドOAジャーナルに掲載されている論文の「質」について問題があることも多い、という声がありました。ですが何と言っても最大の課題は、やはり研究評価です。Web of ScienceやScopusといったデータベースに採録されインパクト・ファクターを持っているジャーナルに論文を投稿し、被引用数を多く獲得することが、一般的に研究者のキャリアにおいて大きな意味を持ちます。しかし、ダイヤモンドOAジャーナルは、言語的・地域的・主題的に多様であり、上記のデータベースの採録基準には合致していないこと、またインパクト・ファクターを持っていないことが多いです。そのような状況で、大手商業出版社の、評価の確立したジャーナルではなく、ダイヤモンドOAジャーナルに貴重な研究成果を投稿してもらうことは、やはり非常に困難であり、それこそが欧米出版社の優位性を打破できない最大の要因です。

 これに対し、複数の参加者から、当会議のテーマであるダイヤモンドOAの道義的価値、つまりダイヤモンドOAが、研究に関する基本的人権を保障するものである点を研究評価の指標の中に盛り込むべきだ、といった声があがり大きな拍手が沸きました。

 しかし、このやや過熱したダイヤモンドOA至上主義とでも言うべき空気に、ケープタウン大学の学長であるMosa Moshabela教授が冷静になるように呼びかけます。

 大学の3つのミッション、すなわち教育・研究・社会貢献のうち、社会貢献にダイヤモンドOAは大きく貢献するものであることを認めながらも、やはり研究者には研究の自由があり、それはどのジャーナルに成果を発表するかを選択する自由も含まれる、また商業出版社のジャーナルに掲載された非常に優れた論文の価値と、ダイヤモンドOAの道義的価値が対立するようなことになってはいけないとおっしゃられ、ダイヤモンドOAのイデオロギーが先走りしすぎるリスクを指摘されました。従来の研究者コミュニティの価値観と、ダイヤモンドOAの掲げる価値とを時間をかけてすり合わせる必要があることを説かれ、これに対して会場からは再び非常に大きな拍手が沸きました。

グループディスカッション

 登壇者によるパネルディスカッションの後、10人ぐらいずつに分かれて、研究評価とダイヤモンドOAについてのグループディスカッションがあり、そこで交わされた意見をいくつか紹介します。

・ダイヤモンドジャーナル掲載論文に光を当てることにとらわれすぎず、本当にすべきことは、学問・科学・研究がオープンに行われて、その全体を適切に評価できるシステムを築くことではないか。 ・現在の研究評価システムから恩恵を受けている研究者も多い。研究評価の改革は、彼らの給与・待遇に関わってくるので、大きな困難を伴うと思われる。 ・ダイヤモンドのオープンアクセス モデルの利点を、研究者と研究者コミュニティに粘り強くアピールする必要がある。 ・我々のコミュニティが、ダイヤモンドOAで出版・貢献する研究者を、表彰したり報酬をあたえるような制度を開発したら良いのではないか。

閉会式 - 宣言の発出

宣言の発出
宣言の発出

 3日間の長い会議の最後に、この会議の議論を踏まえた「宣言」が発出されました[3]。その翻訳を以下に記します。

 ダイヤモンドオープンアクセスに関するトルカ/ケープタウン宣言  2023年開催の世界サミット(メキシコ・トルカ)を踏まえ、2024年の世界サミット(南ア・ケープタウン)の参加者として、われわれは、知識の共有は基本的人権に属するということをここに確認する。  この観点から、学術的知識は公共財であらねばならない。知識は、読者や著者を含むすべての関係者にとって障壁や対価なくアクセス可能でなければならない。知識の創出と流通には、不利益や不公平が存在してはならない。  2021年のUNESCOオープンアクセス勧告にあるとおり、ダイヤモンドオープンアクセスはコミュニティのものであり、コミュニティが主導する、非営利の所為である。  社会正義(social justice)、公正性(equity)、誰も取り残さないこと(inclusivity)がダイヤモンドオープンアクセスの基底をなし、このことによって、ダイヤモンドオープンアクセスは他者による支配構造からの脱却、疎外の根絶への原動力として機能する。  われわれは、学術コミュニケーションにおける地域的多様性、言語上の多様性を重視する。ダイヤモンドオープンアクセスの実装には、地域特有の課題、世界共通の課題の双方に対する目配りが必要であり、また研究評価の仕組みにおいても尊重される形で実現されねばならない。 (翻訳:杉田茂樹 JPCOAR 運営委員長)

 この宣言は、2023年にメキシコのトルカで開催された、第一回の会議で発出する予定だったものが諸事情でそれが叶わなかったのですが[4]、そこでの議論も踏まえて今回の宣言が発出されたため、「トルカ/ケープタウン宣言」となっています。宣言が読み上げられると、参加者の全員が立ち上がって拍手をし、会議は大団円を迎えました。

 終了後は、ケープタウン大学の広場で屋外パーティが開催され、“Braai”という南アフリカの伝統的なバーベキューと、名産のワインが振る舞われ、とてもとても楽しい打ち上げとなりました。

懇親会のバーベキュー
懇親会のバーベキュー

参加しての感想

 私はこれが初めて参加させていただいた国際会議でした。事前課題への回答やグループディスカッションへの参加を通して、私もこの会議や宣言に少しでも参画できたのだと思うと、大変達成感がありました。また、会議の途中、ランチや懇親会で他国の参加者といろいろな意見交換ができたことも非常に大きな刺激となりました。このような国際会議に参加できる機会は非常に限られますが…、

なんと、今年は東京で同様の国際会議が開催されるので、外国まで行かなくても参加できます!

 国際的なリポジトリコミュニティであるCOARの年次大会が、2025年5月に東京で開催されます。参加費は無料です!世界各国のリポジトリ担当者と意見交換をして知り合いになれる絶好の機会です。ぜひ皆様、ご参加ください!

COAR Annual Conference 2025  日時:2025年5月12日(月)~5月14日(水) 会場:一橋講堂(東京都千代田区一ツ橋 2-1-2) 申込:https://jpcoar.repo.nii.ac.jp/news/2024#news_20250217

おまけ

 個人的にアフリカはいつか訪れてみたい憧れの大陸だったのですが、このような形で叶うとは思っていませんでした。ただ治安に対する懸念はあったので、宿の近くを少し徒歩で買い物したりはしましたが、基本はUberで移動をしていました。何度も乗車しましたが、どのドライバーもとても人懐っこく、楽しくいろいろな会話ができ、車内のラジオから流れるアフリカの音楽もとても素敵でした。景色・気候・食べ物も素晴らしく、帰国して2ヶ月半以上経ちますが、今でも南アフリカを思い出すととても朗らかな気持ちになります。

 その反面、市街地を出て空港に向かって車で10分も行くと、アパルトヘイト時代に作られた「タウンシップ」というスラムが点在しているのが目につきます。下水道等のインフラが整備されていないようにも見え、貧富の差がかなり激しいこの国の負の面も感じられました。

タウンシップ
タウンシップ

 日本からは、飛行機で片道合計24時間近いフライトになりますが、他では得られない刺激を得られる南アフリカ。機会がありましたら、ぜひ一度行ってみてください。病みつきになるかもしれません。


 

1) Session 2b “Open Access is / as a Public Good” Prof. Arianna Becerril García http://doasummit.uct.ac.za/wp-content/uploads/2024/12/2.-Prof-Arianna-Garcia.pdf (参照 2025-2-28) 2) Session 3 “Social justice and diamond open access: perspectives from the Globe” Dr Emily Choynowski http://doasummit.uct.ac.za/wp-content/uploads/2024/12/4.Dr-Emily-Choynowski.pdf (参照 2025-2-28) 3) “Toluca -Cape Town Declaration on Diamond Open Accees” 原文 https://doasummit.uct.ac.za/ (参照 2025-2-28) 4) 「Global Summit on Diamond Open Access 2023 参加報告」前田隼https://www.magazine.jpcoar.org/news/592b738c-5128-4f0a-97f4-c0bf153be9f2 (参照 2025-2-28)


 
文:坂本拓(国立情報学研究所)
生まれも育ちも大阪ですが、ドイツが心のふるさとです。ドイツでは専用に飼育された生食用の豚肉がありまして、この生肉が極めて美味です。「Mett」と言います。スーパーの精肉コーナーでも売ってます。ドイツに行かれたらぜひこの豚の生肉を食べてください。本当に美味しいです。ただし生食用と加熱用を間違えたら、即ゲームオーバーになるのでご注意を。



 

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