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かたつむりの気になる国際動向
リポジトリ収録論文が「撤回」されたらどうする?
佐藤 翔
26/7/10
同志社大学
1.生成AIと増加する「撤回」
2026年3月、オープンアクセスリポジトリ連合(COAR)がAIとオープンサイエンスに関する声明”Navigating the Uneasy Interdependence of AI and Open Science”を発表しました[1]。研究におけるAIの急速な普及がオープンサイエンスのエコシステムに良い影響だけでなく、危機的な影響も与えている……との問題意識の元で、出典表示の欠如の問題(自分たちの成果がAIの学習に使用されているのに、出力結果に明示されない。もちろん特定の文献を引用しているケースは最近では性能向上して出典も表示できますが、一般論的な話をしているところだって無数の文献の学習の成果でしょうに、という話)、誤情報の拡散(根拠のない情報や偽の引用情報の拡散、さらにそれがAIの学習サイクルにも取り込まれてしまう問題)、攻撃的なボットによるリポジトリ等への負荷の問題、という3領域への懸念が表明されています。そのうえで、「開かれた状態を維持する」、「信頼性を示す指標を改善する」、「人間の関与を維持する」、「研究コミュニティと関わる」、「オープンソースAIモデルにコンテンツを提供する」、「コミュニティ規範を発展させる」という6つの具体的な行動が、オープンサイエンスのエコシステムを持続させるために、リポジトリコミュニティが取るべきものである、とされています。
このうち「人間の関与を維持する」というのは、機関リポジトリに登録されるアイテムを検証し、それらが(科学に対する)正当な貢献であることを確認すること、と詳述されています。詳述されていると言っても奥歯にものが挟まったような言い方ですが、有り体に言えば、機関リポジトリに登録されたコンテンツがAI生成されたものではないことを検証しましょうね、ということでしょう。
その背景には以前に本連載でも取り上げたとおり、生成AIによって粗製乱造された論文などが世界中で増えている、という動向があります[2]。AI生成であることが発覚した場合や、論文工場の関与が確認された場合には論文が取り下げられる(撤回される)ことも多く、特に中国やインドでは、論文撤回の主な理由が近年では論文工場等による、組織的な機械生成論文であることの発覚になっている、とも指摘されています[3]。元々、論文の撤回自体、年々増えているものの、それでも2021年時点で論文の撤回率(その年発行の論文が後に撤回された割合)は0.12%、10,000本につき12本程度とごくまれな現象ではあったとのことですが[4]、果たして今後、どうなっていくでしょうか。
割合としては低いものの、そもそも世界の論文数自体が多いので、2021年出版論文の中で後に撤回されたものは6,000本以上にも及びました。それだけ数があれば当然、その中には機関リポジトリに登録されているものもあるでしょう。そこでCOAR声明が言う「信頼性を示す指標を改善する」や「人間の関与を維持する」という話、あるいは別の行動例である「信頼性を示す指標を改善する」(メタデータをキュレーションし、PIDを採用し、関連コンテンツときちんとリンクさせるなど)とも絡んでくるのですが、そうした「撤回」された論文について、機関リポジトリではどんな風に扱われているのでしょうか?
2.リポジトリにおける撤回・訂正論文
リポジトリにおける撤回された論文、もしくはなんらかの訂正が入った論文の扱いについては、2025年にフランス・国立土木学校(Ecole nationale des ponts et chaussées)のBordignon氏が、調査結果を論文にまとめて発表しています[5]。同氏はCrossRefとRetraction Watchが公開した2013年から2023年にかけての撤回・訂正論文のデータから、DOIの付与されている24,430本について、Unpaywallを使って世界中のオープンリポジトリでの登録状況を調べるとともに、フランスのHALについてはHALのAPIを使って、別途、登録状況を確認しています。さらにHAL登録論文に限定して、メタデータ情報や本文も確認して、どこかに撤回・訂正に関する情報が掲載されているかもチェックしました。
調査結果から、まずUnpaywallを用いたリポジトリ登録状況の確認からは、24,430本中、7,560本(約31%)がなんらかのオープンなリポジトリに登録されていました。お、けっこうな収録率!(なんで撤回論文の登録率が高くて喜んでいるんだという話ですが、悲しい性として、どんなものでもリポジトリ登録率が高いとうれしくなるのです) ただし、内訳を見ると圧倒的に多いのはPubMed(6,728本。ただ、PubMed自体はデータベースであってリポジトリではないので、PMCのことでしょうか?)とEurope PMC(3,951本。PubMedと足すと7,560本を超えますが、重複登録があるためと考えられます)で、機関リポジトリが強いわけではなさそうです。それでも重複も含めて、世界369のリポジトリに撤回・訂正論文が登録されていた、とのことでした。
もう一つのHALの調査では、撤回・訂正論文のうち141本について、HALに登録されていることが判明しました。さらにそれらの論文について、HAL上になんらかの形で撤回・訂正情報が掲載されているか確認したところ、残念ながら91%(128本)と、ほとんどの論文が、なんの情報も掲載されていませんでした。なんらかの問題があって撤回された論文であっても、HALを見ている人はそうとは知らずに利用する状態になっていたと言えます。
詳しく内訳を見ると、なんらかの情報が掲載されている場合、タイトルに撤回・訂正の情報を加えている場合が多く(11本)、それ以外の形での掲載は2本のみでした。また、撤回と訂正では撤回の方が情報を明示しているケースが多く(撤回論文87本中では13本、15%がHAL上にも撤回情報あり)、訂正はほとんど情報が明示されませんでした(訂正論文63本中、HALに情報があるのは1本のみ)。
撤回論文については、なんらかの問題があって撤回された(なんらかの研究上の欠陥があるとされた)論文であるにもかかわらず、気づかずなのか、あるいは意図的になのか、その後もその研究が参照され続け、引用もされ続けてしまうことで継続的に科学のサイクルにダメージを与えるという、いわゆる「引用汚染」といった問題もしばしば、指摘されます。HALの調査結果を見る限り、現在の機関リポジトリはこの引用汚染の一翼を担うものになってしまっていると言えそうです。Bordignon氏はこうしたリポジトリの状況について、学術雑誌が学術情報流通で果たすとされている4機能(登録、報知、保存、認証)[6]に関して学術雑誌とリポジトリを対比・検討しています。その検討によれば、登録(研究の先取権確立)についてはリポジトリ(この場合はプレプリント・サーバも含む)も学術雑誌も大差なく、報知(情報流通)や保存についてはむしろリポジトリの方が学術雑誌よりも長じているとしています。しかし認証(査読等により論文の質を保証する)についてはリポジトリは学術雑誌に大きく劣っており、それは単独で査読しているケースはあまりないのだから当然でもあるのですが、学術雑誌では撤回・訂正された論文でもリポジトリではそのままであるとなると、ますます「認証」機能の問題は深刻であることを指摘しています。
3.リポジトリは撤回にどう対処すべきか?
世界的な撤回論文数の増加を受け、近年ではBordignon氏以外にも、リポジトリと撤回論文の関わりに関する論考が出てきています。例えばインドのSubaveerapandiyan氏らの研究チームはインド[7]やイラン[8]の大学図書館員を対象に、論文の撤回と大学図書館員の役割に関する認識状況を問う質問紙調査を実施していますが、いずれもその背景には機関リポジトリ業務との関わり、つまり機関リポジトリという形で論文の保存・発信に関わる以上は撤回論文の扱いのことも考えなければいけない、という問題意識が述べられています。ちなみに調査の結果、インドの大学図書館員の間では、機関リポジトリ内での撤回論文を監視する、といった役割はそこまで重きが置かれていなかった一方、イランの大学図書館員は、約81%の回答者が図書館員は機関リポジトリにおける撤回論文を監視すべきとしており、また79%が撤回論文に関する研究データの適切な取り扱いも図書館員の役割と認識するなど、リポジトリにおける撤回論文・関連データの扱いにより高い問題意識を持っていたようです。論文撤回状況調査ではインド・イランとも撤回の多い国なのですが[4]、図書館員の意識にはやや差があるようで興味深いです。
しかし監視するのはいいとして、実際に撤回論文がリポジトリ内にあるのを見つけてしまった場合はどうしたらいいのでしょうか。再びBordignon氏の論考に戻ると、プライバシー侵害などの特殊なケースを除けば、撤回論文だからと言ってファイルごと取り下げる対応等は望ましくなく(学術雑誌においても撤回論文も本文の公開は続けるべきとされています)、撤回された論文であることをメタデータ・本文中などで表示できるようにすべきである、とされています。そして現状の機関リポジトリにおいてはそうした、撤回・訂正情報を学術雑誌からフィードバックする構造がなく、リポジトリは「一方通行」の情報発信になっていることをBordignon氏は問題視しています。
ちなみに日本の場合はどうかというと、少なくともJPCOARスキーマに撤回・訂正に関するフィールドはないかと思います……ないですよね? 日本の場合、マクロに見ると撤回件数はさほど多いわけではないのですが、ミクロに見ると、個人レベルでの論文撤回数トップランカーの多くは日本の研究者という話もあり―Retraction Watchのランキングでは2026年6月現在、撤回論文数上位2~4位、7位、11位、22~23位に日本の研究者がランクイン[9]―、決して撤回論文問題は他人事ではありません。
ただ、Bordignon氏の調査では日本のリポジトリについてはほとんど触れられていないので、まずは日本の機関リポジトリに現状、どれくらい撤回論文があるのか、というところを調べて見ることが必要でしょうか。……と、ここまで書いて、そういえば今年から自分も、論文の撤回等の動的変化に関する共同研究プロジェクトに参加していたことを思い出しました[10](表現上のレトリック等ではなく、本当にほとんど書き上げてから思い出しました……)。これは「調べて見る必要がありますね!」とかではなく、「お前がやれや!」という話では?? ……まあ手法はもう確立されていてあとはやるだけなんだし、じゃあ、やるかー……。結果についてはいずれどこかで公表すると思いますので、乞うご期待!(期待できるような明るい話ではなさそうな??)
[1]”Navigating the Uneasy Interdependence of AI and Open Science”. COAR. 2026-03-03. https://coar-repositories.org/news-updates/navigating-the-uneasy-interdependence-of-ai-and-open-science/, (参照 2026-06-09).
[2] 佐藤翔. 生成AIによって「冗長な出版」が増えている?. JPCOARウェブマガジン. 2025-11-05. https://magazine.jpcoar.org/news/0e352104-59d2-4c26-942c-294e6faa1b5d, (参照 2026-06-09).
[3] Saqr, K. Dissecting AI-related Paper Retraction Across Countries and Institutions. Preprints.org, 2026. https://doi.org/10.20944/preprints202601.0314.v1, (参照2026-06-09).
[4] Venturini, S. et al. The Retraction Epidemic in Science Across Publishers, Fields, and Countries. arXiv, 2026. https://doi.org/10.48550/arXiv.2604.02302, (参照2026-06-09).
[5] Bordignon, F. Moving Open Repositories out of the Blind Spot of Initiatives to Correct the Scholarly Record. Learned Publishing. 2025, vol.38, no.2, e1655. https://doi.org/10.1002/leap.1655, (参照2026-06-09).
[6] 佐藤翔. 学術情報流通の多様化:査読誌の「4機能」の変化. 情報の科学と技術. 2023, vol.73, no.1, p.2-8. https://doi.org/10.18919/jkg.73.1_2, (参照2026-06-09).
[7] Subaveerapandiyan, A. et al. Managing retracted articles: Awareness and responsibilities of library professionals. Journal of Information Science. 2025. https://doi.org/10.1177/01655515251389164, (参照2026-06-09).
[8] Subaveerapandiyan, A. et al. Library Professionals’ Roles in Addressing Article Retractions. Collection Management. 2026. https://doi.org/10.1080/01462679.2026.2675893, (参照2026-06-09).
[9] “The Retraction Watch Leaderboard”. Retraction Watch. https://retractionwatch.com/the-retraction-watch-leaderboard/, (参照2026-06-09).
[10] “学術情報の動的変化とウェブ上での参照スタンスを考慮した知識基盤に関する総合的研究”. KAKEN. https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-26K03247/, (参照2026-06-09).


