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かたつむりの気になる国際動向

read & greenモデルの利用実態に迫る

佐藤 翔

25/8/27

同志社大学

1.IEEEがRepository License Feeを開始

 話題になるまですっかり見逃していたのですが、2025年3月、IEEEが研究助成機関によるオープンアクセス義務化に対応するための新たなオプション、”Repository License Fee(RLF)”を開始していました[1]。従来、IEEEとしてはオープンアクセス義務化について、オープンアクセス雑誌やハイブリッドOA(Gold OA)、もしくは著者最終稿のリポジトリ登録(Green OA)で対応していましたが、前者はCC BYライセンスを付与できるものの、後者へのCC BYライセンス付与はIEEEは認めていませんでした。最近出てきた、CC BYライセンスを付与してのオープンアクセス義務化を求める方針に対応しつつ、APCを支払ってのGold OAを選択していない著者に対応するために新たに導入されたのがRLFで、雑誌論文は1,275ドル、会議予稿集論文は400ドルを支払うと、CC BYライセンスを付与して、著者最終稿をリポジトリ等に掲載することができるようになる、とのことです。ただしRLFオプションを選択できるのは、CC BYライセンスを付与してリポジトリに論文を掲載せよ、というタイプのオープンアクセス義務化方針の影響下にある研究者に限定されるとのことで、誰でもRLFを払えば自分の著者最終稿をCC BYで公開できるようになる、わけではありません。  当然のようにリポジトリ関連団体からは反発を買うわけで、6月にはオープンアクセスリポジトリ連合(COAR)が反対声明を発表し[2]、7月には我らがJPCOARとJUSTICEが、その反対声明を翻訳しつつ[3]、共同で反対声明への賛同(ややこしい)を表明しています。  反対声明の内容の詳細は、せっかく邦訳もしていただいたのでぜひそちらをご確認いただきたいところですが、反対の理由として挙げられているのは以下の点です。

・料金が恣意的。莫大な利益を上げている出版社にとって新たな資金源に過ぎない ・資金を持たない著者に不利益をもたらす ・出版社版は有料なので、二重払いである(ハイブリッド型の時と同じ議論) ・大学・研究機関がその成果を誰もがアクセスできる形で記録する妨げになる

 そこでCOARの声明としては、権利保持戦略によって最初から出版社に著作権を譲渡せず、著者側が保持すること、助成機関は著者に権利保持を義務付けることによって、RLFのような料金支払いを要求される状況にならないようにしよう、ということを提言しています。  これについてはその通りというか、どなたかも「著作権を譲渡してしまっている時点で……」とぼやいていましたが、著作権が出版社側に移っているのであれば、他者が著作権を有するものの転載とか、利用許諾を求めるってなると、そりゃお金とられるのは普通な話だよね、ということにはなってしまいます。最初に譲渡しているから話が厄介になるので、譲渡契約を結ばなくて済む手を講じましょうと言う……その話はすでに過去に本連載でもしたのでこのあたりにとどめますが……[4]。


2.ところで米国化学会(ACS)のADCってどうなったの?

 ところで、IEEEのRLFの話を聞いておそらく多くの方は、2023年に米国化学会(ACS)が開始していたArticle Developing Charge(ADC)のことを思い出したのではないでしょうか。ADCもまた、Green OAをする権利に料金を課すモデルです。なんで学会出版に限ってそういうことをするんだという話ですが、ADCとRLFでは課金の対象が異なり、RLFの方はCC BYを付与することに料金を課していますが、ADCはエンバーゴ期間を無視して、即時でGreen OAをしたい場合には料金を払うように、というものでした。  通常、ACSの雑誌のエンバーゴ期間は12カ月に設定されています。即時オープンアクセス義務化等のためにそれより早く論文を公開したい場合には、(割引なしの場合)4,500ドルのAPCを支払えばハイブリッド型も選択できますが、なかなかの高額です。そこで導入されたのがADCで、論文1本2,500ドルを支払えば、著者最終稿を即時Green OAにすることが認められる、というものでした[5]。RLFに比べてもさらに高額な料金設定でもあり、ADCもまた導入当初、様々な団体から反発を買い、こちらもJPCOAR・JUSTICEも反対声明を出しています。「ADC モデルは何の付加価値も提供せず、その必要性も不明確」、「本来費用負担がかからない機関リポジトリを通じたオープンアクセスに、不必要な費用負担の壁(ペイウォール)を設ける」、そしてRLF同様「購読料とADCの二重取り」であると、いずれももっともな指摘です[6]。  ただ、RLFの方は最初から対象者を非常に限定していますが、RLFほど条件を厳しく設定しているわけではないADCの方も、実際にはあまり選ばれないのではないかという指摘もありました[7]。即時オープンアクセスが義務化されているものの、APC補助や転換契約の恩恵を受けられていないという人くらいで、そんな人はあまりいないのではないか、というのです。実際、2025年6月に公開されたADC導入後18カ月にあたってのACSの記事では、ADCの利用実態等についてあまり触れられていません。やはりあまり選ばれていないんじゃないか、という気配は濃厚です[8]。  その中でADC関連の例外的に大きな動きとして、2024年6月にフランスのナショナル・コンソーシアム、CouperinとACSとの間で結ばれた覚書、いわゆるread & green契約があります。


3.read & green契約とは

 Couperinはフランスの250以上の大学や教育・研究機関が参加するコンソーシアムです。覚書締結時にACSが発表した声明によれば、Couperin所属機関の研究者はACSの購読型ジャーナルにアクセスできることに加え、ハイブリッド型ジャーナルに掲載された論文について、即時のGreen OAにすることもできるとされています[9]。「ん、ハイブリッド型ジャーナルってどういう……?」という話ですが、ACSもOA雑誌タイトルも刊行しているので、そうしたOA雑誌に論文を掲載する場合には当然ながら普通にAPCを払ってもらうとして、非OA雑誌に掲載された論文について、ハイブリッド型のAPCを払わなくても即時にリポジトリに登録できる、という話でしょう。要はADC版のread & publishing契約で、ACSはこれを”read & green”モデルと呼んでいます[10]。  ただ、read & greenも興味深いモデルではあるものの、結局は購読契約料に上乗せして料金を支払っているんだとすると、様々な反発の根本は特に解決していません。フランスのほかにはベルギーでもread & green契約を結んだ機関はあるそうですが、それ以外に大きく波及しているわけでもないようです。ただ、これから米国の即時オープンアクセス義務化方針が実施されていく中で、対応する機関が出てくる可能性が皆無というわけではないかもしれませんが……ACSのADC導入後18カ月の記事もそれを見据えたものでもあるようですし……(記事末尾で米国の即時オープンアクセス義務化に言及しています)。


4.仏read & greenの実態

 さて、フランスではCouperinを中心に導入されたread & green契約なわけですが、それで実際、どれだけの論文がGreen OAになったのかは特にACSの記事では触れられていませんでした。  正確にread & green契約で公開された論文の数を把握するのは困難ですが、ざっくりとした状態であれば、フランスの場合は国のアーカイブHAL[11]が主なGreen OAの場になっているはずなので、それなりに調べられそうな気もします。ACSが刊行するすべての雑誌を対象にすると条件がそれぞれに違って見通しが悪くなりそうなので、とりあえず代表的な雑誌であるJACS(Journal of the American Chemical Society)について、調べてみることにしました。確実にエンバーゴ期間内である、2025年刊行論文を対象にします。  Scopusによると、2025年1月~2025年8月1日までにJACSに掲載された、著者にフランスの機関所属者を含む論文は98本でした。一方でHALに収録されている、同じ機関のJACS掲載論文数は40本(約41%)です。……おお、案外と箸にも棒にも掛からぬくらいの本数しかないんじゃないかとかひねくれたことを考えていたのですが、けっこう収録されている!  「そうは言っても実はハイブリッド型でオープンにしたやつを、そのままリポジトリにも登録しているだけなんじゃない?」と、これまたひねくれたことも考えたのですが、ざっと見る限り、HALに登録されているのはほとんどが組版のされていない、著者最終稿でした。また、HALに登録されている論文の出版者版を確認したところ、ACSのジャーナルサイト上ではステータスが”subscribe”になっているものが大半でした(ハイブリッド型でOAにしていれば”open access”になっているはず)。明らかにエンバーゴ期間中の論文が、ハイブリッド型でもないのに、リポジトリでGreen OAになっている。これはまごうことなく、read & green契約の成果と言えそうです。おおー、けっこう効果あるんじゃん。まあお金払って契約しているんだし、そりゃそうか。  ちなみに念のため、日本の研究者の論文の状況をIRDBで確認しましたが、2025年のJACS掲載論文で日本の機関リポジトリに登録されているものは3本のみでした。3本すべて物質・材料研究機構(NIMS)のリポジトリに登録されたもので、すべてハイブリッド型でOAになっており、VORがリポジトリに載っています。少なくとも2025年中において、ADCを払ってJACSの論文を日本の機関リポジトリに登録している奇特な研究者は皆無のようです。なお日本の研究者によるJACS掲載論文は198本とフランスの倍以上あるので、分母の問題ではありません。  なるほど一応、Green OA論文を実際に増やす効果はread & green契約にも期待できそう……ではありますが、とはいえ、あまり納得のいく出費の仕方ではないのも確かなので……前回連載で見た通り、フランスはHALを通じたGreen OAの推進にかなり前のめりなようなのでACSとも契約したのでしょうが、他に広がっていくものではなさそうな……。その点でいくと、むしろフランスがIEEEのRLFについてはどんな動きを見せるのかも気になるところです。RLFは即時オープンアクセスのためではなく、CC BYのための料金だから、また違う動きになるのでしょうか?

[1] “Repository License Fee”. IEEE Open. 2025-03-14. https://open.ieee.org/repository-license-fee/, (参照 2025-08-01).  [2] “Unfair publisher fees for deposit into repositories highlight the need for authors to exercise their rights”. COAR. https://coar-repositories.org/news-updates/unfair-publisher-fees-for-deposit-into-repositories-highlight-the-need-for-authors-to-exercise-their-rights/, (参照 2025-08-01). [3] オープンアクセスリポジトリ推進協会, 大学図書館コンソーシアム連合. “IEEE Repository License Fee等に対する声明”. 2025-07-04. https://doi.org/10.34477/0002000617, (参照 2025-08-01). [4] 佐藤翔. 権利保持戦略、みんなちゃんとやってる?. JPCOARウェブマガジン. 2024-03-13. https://magazine.jpcoar.org/news/5aabc96d-2345-4d03-b1fa-f9f732531d9c, (参照 2025-08-01). [5] “Zero-Embargo Green Open Access”. ACS Publications. https://acsopenscience.org/researchers/zero-green-oa/, (参照 2025-08-01). [6] 佐藤翔. 即時セルフ・アーカイブする権利を「売る」. 企業会計. 2024, vol.76, no.5, p.689-691. [7] 佐藤亮太. 米国化学会によるエンバーゴなしのグリーンOAをめぐる動向. カレントアウェアネス-E. 2023, no.470, e2654. https://current.ndl.go.jp/e2654, (参照 2025-08-01). [8] Armstrong, David. “Zero-Embargo Green Open Access: A Look Back at the First 18 Months”. ACS axial. 2025-06-21. https://axial.acs.org/open-science/zero-embargo-green-open-access-a-look-back-at-the-first-18-months, (参照 2025-08-01). [9] “ACS Publications and French consortium together support open access publishing”. ACS. 2024-06-21. https://www.acs.org/pressroom/newsreleases/2024/june/acs-publications-and-french-consortium-together-support-open-access-publishing.html, (参照 2025-08-01). [10] ACS Publications. “New Agreement Brings Green OA Publishing Option to Researchers in France”. ACS axial. 2024-06-21. https://axial.acs.org/publishing/new-agreement-brings-green-oa-publishing-option-to-researchers-in-france, (参照 2025-08-01). [11] Archive ouverte HAL. https://hal.science/, (参照 2025-08-01).

文:佐藤翔(同志社大学) 1985年生まれ。2012年度筑波大学大学院博士後期課程図書館情報メディア研究科修了。博士(図書館情報学)。2013年度より同志社大学助教。2018年度より同准教授。2024年度より同教授。 図書館情報学者としてあっちこっちのテーマに手を出していますが、博士論文は機関リポジトリの利用研究で取っており、学術情報流通/オープンアクセスは今も最も主たるテーマだと思っています。 学部生時代より図書館・図書館情報学的トピックを扱うブログ「かたつむりは電子図書館の夢をみるか」を開始。現在は雑誌『ライブラリー・リソース・ガイド(LRG)』誌上で同名の連載を毎号執筆中。2024年12月には同連載をまとめた書籍『図書館を学問する なぜ図書館の本棚はいっぱいにならないのか』を刊行。6月には同書の縁で岡田准一さんのラジオ「GROWING REED」にも出演させていただきました。自分の博士論文の公聴会よりも緊張した……。

 

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