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かたつむりの気になる国際動向

ICMJE Recommendations最新版の邦訳公開!

佐藤 翔

25/5/12

同志社大学

1.ICMJE Recommendations改訂&邦訳公開

 ICMJE(International Committee of Medical Journal Editors;医学雑誌編集者国際委員会)が作成する「医学雑誌における学術研究の実施、報告、編集、および出版に関する勧告」(Recommendations for the Conduct, Reporting, Editing, and Publication of Scholarly Work in Medical Journals。以下「ICMJE Recommendations」)が2025年1月に改訂され[1]、3月にはその邦訳版も公開されました![2]

 ……と、いきなり話を始めたとして、本ウェブマガジン読者のみなさんはどれくらい「あー、あのICMJE Recommendationsねー」と話についてきてくれるでしょうか。あまりピンと来ないという方も、大学図書館、特に医学分野をあまり扱わない大学の場合は多いのではと思います。しかしICMJE Recommendationsは医学分野に限らず学術雑誌全般において、編集・出版実践の指針として参照される重要な存在です。JPCOARでもダイヤモンドOAの話が取り上げられたりする機会も増えてきましたし、2025年1月の改訂では新たにPredatory journalに関するセクションが追加されたりといったこともあったので、今回はICMJE Recommendationsについて取り上げてみようかと思います。ちなみにICMJE Recommendationsはほぼ毎年、更新されていますが、邦訳の公開は10年以上ぶり(前回は2014年[3])とのことで、日本語で読みやすいのも有難いですね!


2.ところでICMJEとRecommendationsってなに?

 ICMJEの起源は1978年、カナダのブリティッシュ・コロンビア州で開催された医学雑誌編集者グループの非公式な会合に遡ると言われています。この会合では参考文献の書式(いわゆるバンクーバー・スタイルとして知られるもの)の統一を含む、雑誌投稿様式の統一ガイドラインの作成で、後にこのグループはバンクーバー・グループと呼ばれるようになります[4]。この会合で定められた「生物医学雑誌への統一投稿規定」(Uniform Requirements for Manuscripts Submitted to Biomedical Journals:URM)が、ICMJE Recommendationsの前身にあたります。バンクーバー・グループは1979年に新たにICMJEを組織するとともに、URMの初版改訂版を公開しました[5]。

 以降、URMは30年以上にわたって新規の項目の追加や改訂を繰り返しましたが、2013年には名前を冒頭のとおり、” Recommendations for the Conduct~”とRecommendationに変更します。名称を変更したのは、ガイドラインが単なる論文形式の統一を超えた、研究倫理や出版プロセス全体にわたる広範な推奨事項を含むものとなったことを反映しているとされています[6]。

 名称変更の理由のとおり、当初は投稿論文の様式の統一という、きわめて実用的な目的で制定されたURMでしたが、後には研究倫理に関する事項等、研究者の道徳的責任、公正性に関わる内容が多く追加されていきました。1982年には多重投稿について、1988年には著者の要件について等の項目が追加されているほか、研究倫理・校正に関する論説(editorial)も多数公開されてきており、2009年には利益相反開示の統一書式も定めています[5]。学術雑誌における倫理を考えるうえで、ICMJEは出版規範委員会(COPE)と並んで参照される重要な存在となっています。


3.ICMJE Recommendations 2025の概要

 そんな重要な存在、ICMJE Recommendationsですが、2025年1月改訂版の目次(章レベルまで)は以下のとおりです。


I. 本勧告について(節は省略)

II. 著者、貢献者、査読者、編集者、発行者および所有者の役割

III. 医学雑誌の掲載に関わる出版および編集上の問題

IV. 原稿作成および投稿


 さらに詳しくは冒頭に述べたとおり、邦訳も公開されているのでぜひそちらをご覧ください。一応ざっと解説していくと、I章ではICMJE Recommendations自体の目的、想定読者、沿革が述べられています。ICMJE Recommendationsの目的は「医学雑誌に公表される研究や資料の実施ならびに報告における最善のやり方(ベストプラクティス)と倫理基準を概説し、著者や編集者、ならびに査読や生物医学分野の出版にかかわる関係者が、正確、明快かつ再現可能な、偏りのない医学論文を創出し、広めることができるよう支援する」ことであるとされており、単なる統一様式を超えた、ベストプラクティス&倫理基準であると銘打っています。さらに「メディアや患者・家族、さらに一般読者にも、医学編集および出版プロセスに関する有用な洞察を提供するものとなる」と付け加えられており、医学分野の研究者やジャーナル出版に携わる以外の人々が読むことも想定されているそうです。つまり本誌読者のコアを成すであろう大学図書館関係者にも、「有用な洞察を提供」してくれるであろうわけですね! とはいえ主な想定読者はICMJE加盟雑誌に投稿する可能性がある著者であるとされていますが、ICMJE非加盟雑誌であってもICMJE Recommendationsを活用しているケースが少なくないことにも触れています。

 II章はさらに「A. 著者と貢献者の役割の定義」、「B. 金銭的および非金銭的な関係/活動、ならびに利益相反の開示」、「C. 投稿および査読過程における責務」、「D. 雑誌の所有者と編集の自由」、「E. 研究参加者の保護」の5節から構成されていて、「学術論文の著者とはなにか」とか、査読にまつわる諸々を研究している佐藤にとっては馴染み深い節です。特にII章A節2項「著者の資格とは?」における著者資格の4基準、


  1. 研究の構想またはデザイン、あるいは研究データの収集、解析、または解釈に多大な貢献をし、さらに

  2. 論文を起草、または重要な知的内容について重要な論評を行い、さらに

  3. 出版原稿の最終承認を行い、さらに

  4. 研究のどの部分についても、その正確性または整合性に関する質問が適切に調査され、解決されることを保証し、研究のあらゆる側面に対して説明責任を負うことに同意していること。


については(実際に見たのは英語原文の方ですが)この1年くらい、親の顔より見た気がします[7]。さらに責任著者(corresponding author)の役割についてや、著者の掲載順は先んじて決めておくべき、大規模研究グループでの論文についてはグループメンバーの記載やそのMEDLINE上での処理等にまで踏み込んで定められています。また、人工知能による支援技術を用いた場合には謝辞に使用した旨を書くべきであるが、研究の正確性、公正性、独創性に対し責任を負うことのできないAIは著者に含めるべきではない(AIを使っていようが責任を負うのは人間としての著者)ことを明記しているのもこの節です。

 II章B節は専ら利益相反についてで、これも大変熱いパートではあるのですが、佐藤の本業からはやや外れてくる&研究における利益相反についてはその道の大家がいっぱいいらっしゃるので今回はスルーで。「C. 投稿および査読過程における責務」も佐藤の研究テーマとしては重要なところで、査読に関するベストプラクティスが述べられているところですが、詳細踏み込んでいくとちょっとJPCOARウェブマガジンの性格とはずれるかと思うのでおおむねスルー。強いていうとオープン査読などについては直接の言及はなくて、査読プロセスは雑誌による違いがあるので明確かつ透明な説明を公表しようね、となっています。ただ、この節で新たに追加された「a. 「ハゲタカジャーナル」、別名「偽物ジャーナル」」という項目は2025年改訂のポイントでもあるので、このあとで扱っていきます。D節は雑誌所有者と編集者の関係について、E節は実験参加者等の保護に関する節です。

 III章は雑誌の出版・編集にかかわる実際上の問題の、研究倫理とベストプラクティスを扱っていく章です。「A. 訂正およびバージョン管理」、「B. 科学における不正行為」、「C. 著作権」、「D. 重複出版」(ここでプレプリントの話にかなりの分量を割いています)、「F. 料金」、「G. 増刊号、テーマ特集、特別シリーズ」などなど、オープンアクセス、オープンサイエンス、大学図書館関係者にも関連の深いトピックが並んでいきます。「L. 臨床試験」の節も、事前登録やデータ共有について述べている重要な部分です。

 IV章は投稿原稿の作成と送付方法に関する章なので、研究者当人にとってはかなり重要で参考になる部分ですが、本誌読者の皆さんの場合にはそこまで刺さる部分ではないかもしれません(自分で論文を書くときはまた別ですが)。ということで特にII章、III章について、大学図書館・オープンアクセス界隈でも重要な内容がてんこもりであり、「ICMJE Recommendationsではこう言われていますよ」とか、「ICMJE Recommendationsでも勧告されているんですよ」などなど、先生方に何かを伝えたい際の補強材料としてもかなり有力なのがこのICMJE Recommendationsなのです!


4.オープンアクセス・オープンサイエンス関連の注目トピック

 そんな内容盛りだくさんのICMJE Recommendationsですが、前述の通り、2025年1月改訂の大きなポイントの1つは”Predatory or Pseudo-Journals”(「ハゲタカジャーナル」、別名「偽物ジャーナル」)の項目の追加でした。ICMJEは同時にハゲタカジャーナル[8]対策についてのエディトリアルも公開しているのですが[9]、Recommendations本体にも追加されました。

 本文の該当パートではハゲタカジャーナルを「「学術的医学誌」をうたいながら、そのような機能を果たしていない業者」の雑誌であるとざっくり指摘し、その問題点も述べたうえで、「研究者はこうした業者の存在を知る必要があり、研究成果を公表する投稿対象としてはならない。著者には、投稿先となる雑誌の品位、沿革、運営、および評判を評価する責任がある。」としたうえで、信頼できる査読誌の識別に役立つ情報源を紹介しています。指導者や先輩の支援も役立つかもしれないなどとは述べられていますが、基本的に「ハゲタカジャーナルを避けるのは著者の責任」というのがICMJE Recommendationsとしてのスタンスのようです。さらにハゲタカジャーナル等の論文を引用することも避けるべきである、と、ハゲタカジャーナル等に関するセクションで述べたうえで、のちの引用文献に関するセクションでも繰り返されています。

 ICMJE加盟雑誌への投稿を考えている著者を想定し、加盟雑誌に投稿する場合に求められるベストプラクティス・研究倫理について勧告しているという、ICMJE Recommendationsの基本理念を考えれば、ICMJE加盟雑誌はハゲタカジャーナルではあり得ないはずなので、加盟雑誌側の責任ではなく著者側の責任を述べるというスタンスは理解できます。そもそもICMJE加盟雑誌には関係ない話なんじゃないのという点については、「ICMJE加盟雑誌だと名乗りながらそうではない」ケースや、「ICMJE等の団体の勧告を遵守しているなどと言明している」けれども実際はハゲタカジャーナルというケースもあるとされており、無関係を決め込むわけにもいくまい、というところもあったのでしょう。などなど興味深いところはありつつも、これでハゲタカジャーナル対策が大きく前進だ、といった類の内容ではありません。「ICMJEも、ハゲタカジャーナルに投稿しちゃうのは著者の責任だって言ってるよ!」と研究者に警鐘を鳴らす際には有効そうです。

 その他の比較的近年の大きな動向としては、2021年の改訂時に前述のとおり、III章D節「重複出版」の中に新たに「3. プレプリント」という項が設けられています[10]。ここでは冒頭で雑誌の発行元が投稿規定でプレプリントの投稿・引用に関する方針を明記すること、著者はプレプリント・サーバに原稿を投稿する前に論文としての投稿先候補の方針をよく把握しておくべきこと等を述べた後で、「a. プレプリント・アーカイブの選択」、「b. プレプリント・アーカイブに投稿した原稿を査読誌に投稿する場合」、「c. 投稿原稿におけるプレプリントの引用」という3セクションについてさらに解説しています。それぞれは一般的な内容ではありますが、医学分野のガイドラインであるICMJE Recommendationsにもプレプリントの項目が、それなりに分量をとって設けられているということ自体が重要でしょう。


5.おわりに:ほらさっそく役立った

 以上、長々と解説してきましたが、学術雑誌のベストプラクティスについてまとまっているという点でICMJE Recommendationsは大変ありがたい参照先であり、その最新版の邦訳が公開されているというのは様々な場面で助かります! たぶん今後、自分もしばしば引用していくことになるでしょうが、皆さんも学術雑誌の規範についてなにか考える必要が出てきたときには、ぜひご活用いただければと思います。

 ……え、なんでこんなにICMJE Recommendationsの回し者みたいな文章なのかって? えーなになに、ICMJE Recommendationsの利益相反の項目によれば、「原稿を投稿する際、著者は原稿の種類や形式に関わらず、研究にバイアスを生じる可能性や、バイアスを生じるとみなされる可能性のある関係/活動をすべて開示する責任がある」、と。なるほどなるほど。

 筆者(佐藤)は「ICMJE Recommendatuons 2025(翻訳版)」を作成した[11]学会誌刊行センター専務理事、笠原匡彦氏とかつての所属研究室(筑波大学(当時)・逸村裕研究室)を同じくしており、翻訳版の公開にあたっては笠原氏より情報提供を受けています。また、ICMJE Recommendationsについて、2025年6月開催の日本生体医工学会大会の「教育講演―質の高い論文を投稿しよう」の中で紹介する講演を行う予定です(有償)[12]。と、いうわけで本稿についても、ICMJE Recommendationsを紹介することに対するバイアスがかかっている可能性があります。その点はご了解ください。

 ……ね? こんなふうに悩んだときに、ICMJE Recommendationsを参照してみればいいわけですよ!(?)




[1] “Recommendations for the Conduct, Reporting, Editing, and Publication of Scholarly Work in Medical Journals”. ICMJE. https://www.icmje.org/icmje-recommendations.pdf, (参照2025-04-15).

[2] “医学雑誌における学術研究の実施、報告、編集、および出版に関する勧告”. ICMJE. https://www.icmje.org/recommendations/translations/japanese2025.pdf, (参照2025-04-15).

[3] “ICMJE Recommendations(旧 Uniform Requirements)の和訳・解釈”. ICMJE. https://www.icmje.org/recommendations/translations/japanese_2014.pdf, (参照2025-04-15).

[4] 医学雑誌編集者国際委員会. 『生物医学雑誌への統一投稿規程』①. 医学のあゆみ. 2002,vol.201, no.10, p.790-798. https://www.ishiyaku.co.jp/magazines/URM.pdf, (参照2025-04-15).

[5] 齊尾武郎, 栗原千絵子. ICMJE利益相反報告用統一書式の背景と問題点. 臨床評価. 2010, vol.37, no.2, http://cont.o.oo7.jp/37_2/p523-7.pdf, (参照2025-04-15).

[6] "ICMJE(医学雑誌編集者国際委員会):医学雑誌出版の統一ガイドライン". 学術情報発信ラボ. https://letterpress.minibird.jp/icmje%E5%8C%BB%E5%AD%A6%E9%9B%91%E8%AA%8C%E7%B7%A8%E9%9B%86%E8%80%85%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A%EF%BC%9A%E5%8C%BB%E5%AD%A6%E9%9B%91%E8%AA%8C%E5%87%BA%E7%89%88%E3%81%AE%E3%83%AB/, (参照2025-04-15).

[7] 実を言えばこの1年ほど、実家に帰っていないので単純に親の顔を見ていないのですが。

[8] 「ハゲタカジャーナル」という呼び名は、一部の猛禽類に対し不要なヘイトを伴うので良くないという意見もありますが、今回は邦訳版の記述をそのまま使っています。

[9] "Predatory Journals: What Can We Do to Protect Their Prey?". ICMJE. https://www.icmje.org/news-and-editorials/updated_recommendations_jan2025.html, (参照2025-04-15).

[10] “Up-Dated ICMJE Recommendations (December 2021)”. ICMJE. https://www.icmje.org/news-and-editorials/new_journal_dec2021.html, (参照2025-04-15).

[11] 笠原匡彦, 二井將光. ICMJE Recommendations 2025(翻訳版). 学会センターニュース. 2025, no.469, p.1.

[12] “プログラム”. 第64回日本生体医工学会大会. https://smartconf.jp/content/jsmbe64/program, (参照2025-04-15).



文:佐藤翔(同志社大学)
1985年生まれ。2012年度筑波大学大学院博士後期課程図書館情報メディア研究科修了。博士(図書館情報学)。2013年度より同志社大学助教。2018年度より同准教授。2024年度より同教授。
図書館情報学者としてあっちこっちのテーマに手を出していますが、博士論文は機関リポジトリの利用研究で取っており、学術情報流通/オープンアクセスは今も最も主たるテーマだと思っています。
学部生時代より図書館・図書館情報学的トピックを扱うブログ「かたつむりは電子図書館の夢をみるか」を開始。現在は雑誌『ライブラリー・リソース・ガイド(LRG)』誌上で同名の連載を毎号執筆中。2024年12月には同連載をまとめた書籍『図書館を学問する なぜ図書館の本棚はいっぱいにならないのか』を刊行。この春から上の子は小学2年生、下の子は保育園の年少組に進級しました。その学用品の名前付けはじめ年度初めは新学年の準備に忙殺される日々。

 

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