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かたつむりの気になる国際動向
プレプリントを査読し「推薦」する:Peer Community in(PCI)
佐藤 翔
25/3/10
同志社大学
1.「査読付きプレプリント」の動向
オープンアクセス、オープンサイエンスに関連して先進的な実践を繰り返してきた雑誌eLifeが2023年から衝撃的な取り組みを開始したのは皆さんご記憶かと思います。もともと2021年半ばから、eLifeは論文投稿前のプレプリント公開を投稿要件としていましたが、2023年1月からはさらに先に進み、査読はするものの「受理/却下」という2値的な(binaryな)判断を下すことをやめ、投稿論文で査読に進んだものはすべて掲載する、と言い出したのです[1]。もともと電子ジャーナルなので掲載とはなんぞやという話ではありますが、査読でたとえネガティブなコメントがついたとしても掲載されるとなると、査読もいったいなんのために行うのか。これについては2021年から査読レポートの公開も開始していたので、読者は査読レポートを読んで、そこでの評価に基づいて各論文をどう捉えるかは自分で判断する、というわけです。受理・却下という2値的な判断が大きな影響を持ちすぎているのではないかというのは確かにそうですが、それにしてもそれで雑誌として成り立つのか……もっともすでにeLifeは「査読付きプレプリント」の公開モデルであるとも自認されているようなので、「雑誌」として成り立つ必然性がないということなのだろうと思いますが……なんにしても勇気ある試みでした。
2025年2月に開催されたJ-STAGE25周年セミナーの中で、eLifeの編集委員でもある東京大学の水島昇先生が、eLifeの新たなモデルについて詳細に紹介されていました[2]。それによると「査読に進んだもの」を全部公開すると言っても、そもそも査読に回す(本投稿を依頼する)前の段階で編集委員が内容を確認し、その時点で査読をしない、すなわち掲載しないと判断される論文もかなりある、とのことでした。査読に進むと決まったら、プレプリントがまず公開された後に、査読が行われ、レポートも公開される。著者はついたコメントに応じて改訂するかどうかを判断し、任意のタイミングで改訂を終えてVersion of Record(VOR)とすることが判断できる、とのことです。VORとなった時点でPubMed等に情報が送られます。
気になるのはこのモデルを導入して、採否判断がなくなったことで論文投稿数が減るのではないか……「掲載された」として業績リスト等に載せにくくなるので……という点です。2023年は確かに2022年よりも投稿数は減ったものの、元々COVID-19パンデミック下で投稿数が増えていたのに対し、2021~2022年と徐々に投稿数が減っているトレンドがあり、2023年もパンデミック以前の水準くらいに戻って安定しているそうで、となればこのモデルも研究者に受け入れられた……ようだったのですが、2024年11月にeLifeがWeb of Science採録誌から外され[3]、インパクトファクターを失うと報じられたことでまた状況に変化が生じたそうで、発表のあった11月から、特に中国からの投稿数が急減したとのことです。
eLifeの受理・却下廃止モデルが今後どうなるかは、そんなわけで未だ先が読めないところではありますが、まずプレプリントを公開し、後に査読を行うという「査読付きプレプリント」のモデルはeLifeに限らず増えてきています。雑誌と独立に投稿された論文に対して査読を実施し、その査読レポートを付与して投稿先雑誌を選択できるReview Commonsなどの取組も、“preprint peer review platform”と名乗っており[4]、査読付きプレプリントサービスの一つと位置付けられています。さらに査読を行うだけではなく、その後に(従来と同じように)論文をジャーナルに掲載するなどなんらかのコレクションに加えるなど、選択プロセスとしてのキュレーション(curation)を実施することで付加価値を加えるモデルはPublish-Review-Curate(PRC)モデルと呼ばれ、cOAlitionSなど学術出版に関する多くのステークホルダーが関心を持ち始めています[5]。eLifeも(eLifeの場合査読を行う前に選択していますが)eLifeのコレクションに加えるという点ではキュレーションを行っている、PRCモデルです。
2.「査読」と「検証」
2024年10月にPlan Sブログに掲載された記事の中では、査読付きプレプリント・PRCモデルについて、「検証」(validation)という観点から現状の課題と一つの解決策が提示されています[6]。「検証」とはオープンアクセスの文脈ではあまり聞きなれない言葉ですが、ある論文についての正式な意思決定……専らポジティブな意味での意思決定のことを指します。例えば従来型の雑誌論文の場合、ある論文が掲載に足るか否か、その雑誌で公開して問題ないかどうかについての意思決定が「検証」です。検証を経ているということが、(結局は批判的に読むので、中身を全面的に信頼することはないにしても)読者の姿勢にも影響するわけで、現代の学術雑誌においてもっとも重要な機能の一つです。
そしてこの「検証」を行っているのは、実は査読ではありません。より正確には、査読者ではありません。一般には査読レポートが寄せられ、それに基づいて掲載可否を判断する一連のプロセスをまとめて「査読」と読んでいますが、査読者は掲載可否にかかわる意見を述べることはあっても、最終的な採否を決定するわけではありません。あくまで採否を決定するのは査読レポートを読んだ編集者・編集委員であって、査読レポートがついただけでは「検証」は終わっていないのです。
そこに査読付きプレプリントの課題があります。多くのプレプリント査読サービスでは、プレプリントに対し寄せられた査読レポートを公開するのみで、それに基づいて採否が決まるわけではありません……それは当然で、採否って言ったってプレプリントを「採録」するってなんなんだ、という話です。もう公開されているわけですから。雑誌など、プレプリント公開の場とは別のコレクションがあってはじめて、そこに採録するかどうかの判断(採否)が発生するわけであり、査読付きプレプリント単体では「採録」という形での検証は得られません。
また、PRCモデルの「キュレーション」が必ず「検証」となるわけでもありません。端的には現在のeLifeのキュレーションがそうで、eLifeにおいては査読前の編集委員判断によって、査読に回しても問題ないレベルである、という水準での検証はしているものの、査読後については採択/受理判断を廃したため、検証プロセスが存在せず、読者に任されることになります。しかし読者に任されると言っても、一応は専門分野を同じくするであろうし自ら査読者を選んだのだからその背景なども知っているであろう編集委員と違って、一読者には査読レポートから自力でプレプリントの内容を「検証」するのは困難である、とPlan Sブログ記事では指摘しています。
3.プレプリントを査読し2値評価する:Peer Community in
この課題の一つの解決策として、Plan Sブログ記事ではプレプリントを査読した上で、2値的な(binaryな)判断を加えることを提案しています。実際にそれを実践しているサービスがプレプリント査読サービス、Peer Community in(PCI)です[7]。実はこのブログ記事の寄稿者がこのPCIの共同設立者であるDenis Bourguet氏とThomas Guillemaud氏なのでした。
PCIは非営利・非商用の、研究者コミュニティ自身が主導するプレプリントの査読サービスです。2016年にフランス国立農業・食料環境研究所(INRAE)の研究者らが設立し、まず進化生物学分野のプレプリントを対象にサービスを開始しました。以降、生物学分野を中心に徐々に対象とするプレプリントを拡大し、2025年2月現在では19の分野等のプレプリントを対象にサービスを実施しています[8]。
PCIの大きな特徴は推薦者(Recommender)の存在です。推薦者は雑誌における編集委員(Editor)と同等の役割を果たす人物で、査読者等を選定し査読を依頼する、だけではなく、査読を経たプレプリントに対しての「検証」部分の役割も担います[9]。雑誌と違って「採録」するわけではないのですが、推薦者の名のとおり、査読の結果を踏まえて推薦者はそのプレプリントを「推薦」するかどうかを判断します。「推薦」が決まった論文は引用等をするに足る、「検証」された成果であるとみなせる(PCIによって検証されている)わけです。この推薦するかどうかという2値判断の検証プロセスを持っているという点が、PCIの大きな特徴です。
なお、推薦が決定したプレプリントについて、従来通り雑誌への掲載も希望するという場合には、2022年に創刊されたPeer Community Journalに追加の査読なしで掲載することが可能です。また、そのほかにPCIと連携している雑誌が99誌(2025年2月時点)存在します[10]。連携雑誌のなかにはPCIで推薦された論文であれば無条件で掲載する雑誌(17誌)と、推薦論文については短期間(5~10日以内)で判断を下す雑誌(49誌)、PCIの評価を参考にするにとどまる雑誌等がありますが、無条件掲載誌についてはPCIの検証をそのまま受け入れている、と言えます。「検証済みのはずなのにそれ以外の雑誌は判断が変わりうるとすれば、『検証』とは?」という疑問が出てくるかもしれませんが、どういった観点・基準で検証を実施するかは雑誌によって変わりうるので、これは当然のことではあります。その点では、雑誌投稿との連携部分は必ずしもPCIの本質的な特徴というわけではなく(Review Commons等も同様なわけですし)、やはりプレプリント段階で「推薦」可否を決定するという、独自の検証プロセスを持っている点がポイントと言えます。
4.PCIの現状とこれから
PCIのウェブサイトによれば、2024年末時点では2,000人以上の推薦者が存在し、1,886本の投稿があり(なお投稿と言っても、公開済みのプレプリントについてPCIでの査読を依頼するということになります)、831本が推薦を得たとされています。まだ査読中のものもあるでしょうが、現時点での推薦獲得率は44%ということになります。そのうちPeer Community Journalへの掲載を選択した論文は393本とのことです[11]。
分野別に見ると、最初に開始された進化生物学の推薦獲得プレプリント数がもっとも多く(217本)、次いで生態学(193本)、考古学(98本)、遺伝学(61本)と続きます。他の分野は多くとも30本前後で、それほど多くはありません。栄養学はまだ推薦獲得数0本で、心理学はそもそもまだウェブページが一般公開されていないようです。
ただ、PCIでは個々の分野のほかに本連載の第7回「もう一つのオープンサイエンス:再現性の危機とプレレジ」でも扱った、事前登録論文(Registered Reports)を専門に受け付けるサービスも実施しており、実はここの推薦獲得数が最も多くなっています(261本)。いずれもオープンサイエンスにかかわる事前登録と査読付きプレプリントということで、親和性が高いのかもしれません。
さらにPCIに関連する最新の動向として、2025年1月30日にCenter for Open Science(COS)が投稿受付を開始した新たな出版モデル、Lifecycle Journalに提携する外部評価サービスとしてPCIが参加することが発表されています[12]。Lifecycle Journalはオープンサイエンス全部盛りとでもいうような新たな出版モデルのパイロットプロジェクトで、それ自体がPRCモデルであることに加えて、ダイヤモンドオープンアクセスである、データ公開や権利関係はじめオープンサイエンス関連の要求事項はすべて要求してくる、いわゆる事前登録論文にあたるものの公開を強く推奨するなど様々な要素がこれでもかと盛り込まれているのですが、そうした要素の一つが独自に査読を実施するのではなく、1ないし複数の提携外部評価サービスに投稿の評価を依頼する点にあります。PCIは特に重要な提携先であり、PCI単体はもちろん、Lifecycle Journalの成否にもPCIの状況がかかわってくるものと考えられます。
なお、Lifecycle Journalの詳細については2025年4月公開予定の『情報の科学と技術』連載「続・オープンサイエンスのいま」でも取り上げる予定ですので、ぜひそちらも読んでみてくださいね!
[1] Pack, Press. “eLife ends accept/reject decisions following peer review”. eLife. https://elifesciences.org/for-the-press/b2329859/elife-ends-accept-reject-decisions-following-peer-review, (参照2025-02-21).
[2] “J-STAGE25周年記念セミナー「学術情報流通のこれからを見据えて」”. J-STAGE. https://www.jstage.jst.go.jp/static/pages/25thseminar/-char/ja, (参照2025-02-21).
[3] Brainard, Jeffrey. “Open-access journal elife will lose its ‘impact factor’ over controversial publishing model”. Science. https://www.science.org/content/article/web-science-index-plans-end-elife-s-journal-impact-factor, (参照2025-02-21).
[4] Review Commons. https://www.reviewcommons.org/, (参照2025-02-21).
[5] Bourguet, Denis; Guillemaud, Thomas. “Peer-reviewed preprints and the Publish-Review-Curate model”. Plan S sOApbox. https://www.coalition-s.org/blog/peer-reviewed-preprints-and-the-publish-review-curate-model/, (参照2025-02-21).
[6] 前掲5)
[7] Peer Community in. https://peercommunityin.org/, (参照2025-02-21).
[8] “PCI structure & history”. Peer Community in. https://peercommunityin.org/pci-structure-history/, (参照2025-02-21).
[9] 前掲8)
[10] “Submit to PCI-friendly journals”. Peer Community in. https://peercommunityin.org/pci-friendly-journals-authors/, (参照2025-02-21).
[11] 前掲7)
[12] “Evaluation Services”. Lifecycle Journal. https://lifecyclejournal.org/evaluation-services/, (参照2025-02-21).
文:佐藤翔(同志社大学)
1985年生まれ。2012年度筑波大学大学院博士後期課程図書館情報メディア研究科修了。博士(図書館情報学)。2013年度より同志社大学助教。2018年度より同准教授。2024年度より同教授。
図書館情報学者としてあっちこっちのテーマに手を出していますが、博士論文は機関リポジトリの利用研究で取っており、学術情報流通/オープンアクセスは今も最も主たるテーマだと思っています。
学部生時代より図書館・図書館情報学的トピックを扱うブログ「かたつむりは電子図書館の夢をみるか」を開始。現在は雑誌『ライブラリー・リソース・ガイド(LRG)』誌上で同名の連載を毎号執筆中。2024年12月には同連載をまとめた書籍『図書館を学問する なぜ図書館の本棚はいっぱいにならないのか』を刊行。おかげさまでご好評につき2025年2月に2刷も出来しました! そしてその書籍の宣伝のために長らく更新が滞っていたブログの更新も最近、再開中。書籍もブログも皆さんぜひよろしくお願いします!!