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BarOA|第1夜 : 浦上裕光氏×鈴木雅子氏|2杯目
AIってもう出版に関わっているんですか?
浦上 裕光 / 鈴木 雅子
25/5/30
Springer Nature / 九州大学
とある下町にある雑居ビル。裏手の階段を降りた先にあるBar Open Access(BarOA)では、様々な思惑を秘めた大人たちが和やかに好きな飲み物を片手に談笑している。さて、今宵はどんなお話が展開されているのやら......。
店名のとおりオープンアクセスの話、と思いきや、それぞれの立場から見たジャーナル、投稿、査読の話へ。ホットなAI活用の話題もつまみながら、また新たなグラスがカウンターに並びます。 -- おかわりをご希望ですか? 〔 1杯目 〕
\今宵のお客様/

浦上 裕光(Springer Nature) 岡山県生まれ、千葉とカリフォルニア育ち。大学からポスドクまでアメリカとドイツで化学関連の分野で研究に携わり、国内企業の研究職に。その後、出版業界に転職し11年強。化学は好きなので、まだ時々論文を眺めます。最近は読書と海外旅行から離れてしまっているので、そのうちまた再開したいと考えております。

鈴木 雅子(九州大学) 学術情報センター(現国立情報学研究所NII)で採用され、大阪大学に転出。諸事情により北海道大学に転勤したのち、小樽商科大学、北海道大学、旭川医科大学、静岡大学、NII、名古屋大学、神戸大学、九州大学、と転々としてきた。住んだ所みな都。『月刊DRF』やJUSTICE『jusmine』を創刊・命名した若かりし頃のヒラメキやパワーが今や見る影もないため、最近は体力をつけるべく山登りを楽しんでいる。
1. オープンアクセスとの出会い
浦上(以降U)|大学図書館ではどういったお仕事をされているのですか?
鈴木(以降S)|図書館にはいろんな仕事がありますよ。いろいろやってきました。
U|じゃあ、例えば今までの、図書館でのお仕事の経験で、一番楽しかったことはどういうことですか?
S|一番楽しかったのは……このバーの名前から言わされているわけじゃないんですけど、やっぱり、最初にオープンアクセス(OA)が入ってきた時です。機関リポジトリを構築して学内の先生方の著作論文を公開していくグリーンOAですね。図書館の新しい仕事をイチから作ってるって感じました。

U|なるほど。
S|先生方が研究論文を書くための支援、必要な論文を読めるようにする仕事だったのが、加えて、先生方が書いた研究論文を学外に公開する支援を始めることになったわけで、今まで図書館では思いもしなかった仕事だったので、どうやったらいいのか全然わかんなくて。手探りで本当にいろんなことやりました。海外の事例をできる範囲で真似したり、国内他大学の担当者と相談したり、先生方へのインタビューもたくさんやって。どの先生の話も興味深かったし、応援してくれる先生が増えて、楽しかったですね。そこで教えてもらったことをつなげて機関リポジトリを作っていったという感じです。 あ、ちょっと順番が前後して、その前のことになるんですが、あの方、ハーナッド(Stevan Harnad)先生が日本に来られて、図書館総合展で檄を飛ばされたんです。「論文著者はもっとたくさんの人に読んでほしいし、出版社もOKだと言っている、あとは大学図書館が機関リポジトリのサービスをやるだけなんだ、何やってるんだ」って。単純だから、「そうなんだ、うちの先生方のためにやらなくちゃ!」と思いました。ハーナッド先生は世界を提唱して回っていたんですよね、なんかこう、世界とつながっているというか、海外の大学図書館の人たちと一緒に取り組んでいるという感じも面白かったです。……あれがもう20年近く前の話ですか。
U|今振り返ると、化学分野はOAが入ってくるのはあまり早くなかったのでしょうね。大学院を卒業する15年前やその後のポスドクになって、ようやく、OAってものがあるんだ、出版に費用がかかるらしい、っていう感じでしたね。僕が鈍感なだけだったのかもしれませんが。本当、分野によって違いますよね。
S|そうですね、本当に。20年前も、プレプリントとしてどんどん出していく分野もあった一方で、化学の分野ではグリーンOA一切許してません、というジャーナルが多かった印象があります。浦上さんが最初にOAに触れたのって、いつぐらいの話ですか?
U|本格的に関わったのは、出版社に入ってからでしたよ。自分も論文をいくつか出しているんですけど、博士課程の頃もポスドクの頃も、OAってあんまり考えたことがなくて。出せそうなジャーナル、出したいジャーナルに出す、って気持ちが先にきますし、所属していた機関では幸いにも多くのジャーナルが読めたので、OAに意識して触れる機会はあまりなかったですよね。気付いたらOA論文が少しずつ増えてきたっていう感じだったのかな。
2. ジャーナルに対する意識:投稿・購読
S|やっぱり研究者にとっては、OAかそうでないかとかよりも、早くその論文を出したいっていう気持ちの方が強いんでしょうか。
U|論文によると思うんですよ。自分のベストワークの場合は、おそらくOA、非OA関係なく、まず出したいところ、出せるところに出したいっていう気持ちが一番強いと思います。 基本的には、まずは出したいところに出すだとか、自分のコミュニティー内で、自分の仲間が読んでいるところにまず投稿する、というのが一番多いと思うんですよね。 少し話がそれますが、例えば、Nature Communications というOA誌がありますが、あれは一般誌なので、研究領域的にはどんな研究でも投稿できちゃうんですよね。これはすごい強みだなって思います。 どういうことかと言うと、化学の研究者から聞いた話ですけど、化学の研究者が生物学者とコラボレートする時、化学の専門誌からは出しづらいことがあるようです。場合によっては内容も合わないかもしれませんが、生物学者からすると、自分の分野で読まれていない、あまり知られていないジャーナルに出してもバリューがないわけです。それが、どの分野の研究も掲載していて、またさまざまな分野に認識されている一般誌・学際誌で、さらにOAだと、誰もが読めて共通の価値ができてくる。分野を超えて認識されているジャーナルは強いなと思いました。
S|なにしろ、Natureってついたら、読みたいって思いますしね。
U|恐縮です。
S|Natureとつく雑誌もいっぱい出てますね。
U|いっぱい出ているんですけど、とりあえずジャーナルを出している、というわけでもないんです。 やっぱり世に送り出す以上は、コミュニティーにとって意味のあるものを出版したいと考えています。研究者コミュニティーからの需要、研究の動向や市場の要望を見ながら発刊が決められていくのだと思います。そういった理由がないと、新しい分野でジャーナルを出しても貢献できないと思うので。新しい分野での出版は、基本的にはどの出版社も戦略的に決めているとは思いますけどね。
S|図書館でも、どの雑誌を購読するかは委員会で決めるんですけど、新しい雑誌を買って欲しいっていう希望は多いんですよね。だけど、予算は限られているから、何か購読を止めないといけない、そう言うと、止めるのは困る、っておっしゃる。お気持ちは大変良くわかるんですけどね。 研究者である先生方が「こういう雑誌がほしい」とおっしゃって雑誌のラインナップが増えているとすると、なんだか自分で自分の首を絞めてしまっているのかもしれないですね。
U|ちなみに、読みたいジャーナルを決めていく時って、どういう判断で優先順位を付けたりされるんですか?
S|大学によって違いますし、やり方はそれぞれです。 でも、もう実際問題、新しい雑誌買う余裕全然ないです(泣)。止めていく話しかないし、中止してもね、雑誌の価格が上がっていくから。
U|そこは難しいところですね。以前STMのレポートで見た情報だと思うのですが、ジャーナル数に関しては300年ぐらい前からの増加傾向のようです。どうやら、研究開発への投資額と、研究者の数と、論文やジャーナルの数に相関があるようです。国の研究開発への投資が増えれば、研究者の数やアウトプットの情報も増え、またそのような中、新しい分野が育つと、ジャーナルの数も増えてくるということだと思います。なお、学会側の需要の可能性もあるかと思います。
3. 1本1本の論文の価値
S|でもさぁ! あ、でもさぁとか言っちゃいけない。ちょっと酔っぱらってきたのかな。 その、雑誌の数だけじゃなくて、論文が出過ぎなような気もしないでもないです。例えばOAジャーナルだと1号に100本とか論文が載っているものもありますよね。
U|はい。多いですよね。先程の投資額、研究者数、ジャーナル数増加の話に加え、1本1本の論文の価値とは何か、すなわち研究評価や習慣の影響も大きいと思います。現時点では、研究者としても質の高い論文をたくさん出した方が多分メリットが大きいのではないかと思います。キャリア形成に重要である、外部資金の獲得や賞の対象になりやすいだとか、学生のエンカレッジやトレーニングの一部等、色々あると思うんです。さまざまな要因が合わさって増えるんだと思います。
S|最近は数よりも、主要な業績3つを評価対象にしているような例もありますよね。たくさんあっても読めないし。 仮に、論文数が減ると、出版社の方は困りますか?
U|どうなんですかね。ジャーナルによりけりだと思いますが、研究者や研究コミュニティーに選好されるジャーナルの方が持続性があるのではないかと思います。 今って確かに論文が多すぎて、たぶん、研究者も読みきれないと思うんですよ。 以前目にしたことのある統計で、昔に比べて今の研究者は論文の数は多く読んでるんだけど1本に充てる時間が短いのではないかという説明が出ていました。また、論文工場(Paper mills)からのクオリティーの疑わしい論文だとか、フェイクデータとかが増えてくると、今度は別の問題として、そういったものを取り込んでしまったAIが、もしかしたら質の高い情報を生成できなくなる、ということも考えられますよね。研究環境全体として、論文の量ではなく質で、という方向に評価や関心の軸が向くことは良いことだと思うのですが……。
S|そうですね。AIの話が出ましたけど、もう今、AIで論文書けちゃいそうですよね。そうすると、さらに論文が増えちゃうような気がしますね。
U|最近、Sakana AIが、AIサイエンティストというのを作って、そのAIが研究をする、っていうのをやってましたね。まずアイディアを作って、それを実験して、その論文を書く、っていうのを全部。確かarXivで最近出たんじゃないかな。
S|本当ですか! アイデアまで……。人間は、どこに……。
U|細かくは覚えていないのですが、テーマの枠決めとチェックぐらいだったかもしれません。ぜひ読んでみてください!
S|今後、どうなっていくんでしょうね、学術情報流通は。 AI査読とか、チェックはもうAIでやってます、みたいな話はありますか?
U|いや、査読プロセスの全てをAIに置き換えるのはまだ難しいかなと。おそらくどの出版社も、AIを使った査読は、頭にはあると思っています。ただ、AIに全部任せるとまでなると、まだ先の話かなと個人的には思っていて。 著者としても、AIに判定されて落ちました、で納得するのかっていう話もあるかもしれません。現時点ではまだ整ってないんじゃないかなっていう気はしています。 Springer Natureでも、論文審査の話ではないですが、AIを使って、AIが作った文章やフェイクイメージを検知するソフトウェアとか、そういったものは作り始めています。なので今後、出版業界にも色々出てくると思います。
S|AIチェックってどんなチェックをしてるのか、気になりますね。
U|プレスリリースも出てますのでお送りします。ぜひ見てみてください。 研究機関側が、自分たちでどれだけチェックしたいのかな、っていうところにちょっと関心があります。面白かったのが、海外のある研究機関に行った時に、自分たちの機関から投稿される論文は全部AIチェックにかけたい、やばそうなものは投稿前に全部検知したい、よくないリサーチプラクティス等の傾向をピックアップできるかもしれない! みたいな話をされてたんですね。 査読の目的は、研究の明確性、堅牢性、および再現性を向上させるのに役立ち、掲載の可否を決めることに活用することで、不正チェックじゃないんですよね。もちろん、大学内で論文投稿を全部見るなんて現時点ではおそらく無理ですけど、もうちょっと、こういった不正防止なんかの話し合いができたらいいなって、この話を聞いたときに思いましたよね。
S|いいですね! 共催でセミナーやってみたいですね。
U|はい、喜んでさせていただきます。 あと、これはAIに限らない話ですが、色々出てくるって意味ではおそらく、研究者の方々は大変だと思います。従来型のジャーナルもあれば、プレプリントもあれば、Taylor & FrancisがやっているF1000みたいなものもあったり。査読モデルも、シングルブラインドからダブルブラインドからオープンから……。あとは、プレプリントからジャーナルへの投稿に連携するようなものが出てきていますよね。さらに、データジャーナルだとか、プロトコルとか、あと最近、ブロックチェーンを使ったものも試みがあるらしく、今後さまざまな出版の形が出てきたりするだろうし。 それを研究者が全部フォローするのはかなり大変だと思います。
4. 査読と投稿
S|今おっしゃった、ブラインドの査読の方法、シングル、ダブル、オープンって? バーにいるとウィスキーの話みたいですね。

U|そうですね。シングルブラインドは、従来型ですね。著者から査読者の名前は分からないけど、査読者の方は著者の名前がわかるんです。ダブルブラインドは両方分からなくするっていうものです。 シングルブラインドでは、査読者に著者の名前、所属、国とかがわかると、あるいは名前から男性か女性か推測できるとUnconsious Bias(無意識の偏見)で審査に影響を及ぼすのではという懸念があって、なら、ダブルブラインドで両方隠したら、よりフェアになるんじゃないかな、っていうのが元々の始まりだと思います。 ただ、ダブルブラインドも結構難しくて、中には、著者の名前を隠しても、論文を読めば内容やレファレンスから著者が誰かわかると言う先生方もいらっしゃるんです。また、名前を隠すっていうのは逆バイアスになる場合もあるらしく、ある海外の先生から聞いた話だと、自分の名前や所属を隠すのは自信が無いという逆のバイアスに繋がる可能性があると言うんですね。難しいです。 オープンは、2種類あって、査読者の名前をオープンにするものと、査読の中身、やりとりは公開するけれども、査読者名はクローズドのままのものがあります。 確か、トリプルブラインドの試みか提案もあったんじゃないかな。編集部の方も名前が分からないみたいな。コミュニティーを使ったものもあるし、ほんといろいろです。
S|査読と言えば、昔、PLoS ONEが、APCも安くて、最低限の査読だけして論文を世に出します、読む側が評価するんだ、って「OAメガジャーナル」として出てきたのがインパクトありました。そういうOAジャーナルも増えているのかもしれないけど、ブラインドかオープンかの他に、ちゃんと査読するか、間違いが無いかだけ査読するかみたいな種類の違いもあるんでしょうか。ジャーナルによって。
U|ジャーナルによって役割が違うじゃないですか。新規性がどれくらい大切かとか。ジャーナルのフォーカスによって、しっかりしたサイエンスを出版することは大切だけれども、新規性はそこまで求めないジャーナルであれば査読もそのような目的でされると聞いております。 査読者として、特に新しいジャーナルであまり親しみがない場合、査読の対応は結構難しいんじゃないかなとも思います。
S|今はみんな電子ジャーナルになって、掲載する論文の数やページ数は気にしなくてもいい感じですか。例えば昔は100本投稿があってもこの号には何本しか載せられないというのがあったかもしれないけど、今はどうなんでしょう。 たくさん論文が載る号もあれば、今号はちょっと不作ですね、みたいなのもある……あれ? もうそもそも号なんてないんでしたっけ?
U|それもジャーナルによってやり方が全然違うと思うんですよ。でも、憶測ですけど、冊子体がないジャーナルは、出版数は気になっても、昔ほどあまりページ数は気にしていないのかもしれないですね。
→ 3杯目へつづく(準備中)
~ 今宵のドリンク(2杯目) ~


※BarOAは架空のバーです。 ※対談は2024年11月に行われたものです。内容・所属等は対談時の情報に基づきます。